エッセイ
高純度アルミニウムについて
平成17年8月23日掲載
福岡 潔
昭和電工株式会社
ハイドロアルミニウム・ジャパン㈱
私が社会人として仕事をするようになって30年余りになりますが、仕事の対象を大まかに分けると初めの10年が炭素材料で残りがアルミニウム、しかも高純度のアルミニウムでありこれが今でも続いています。
炭素材料では主としてアルミニウム製錬に使う陽極用のカーボン電極を対象としていましたから、この時扱っていた炭素の純度は98%くらいでした。他に補助材料として炭素の純度が90%程度の燃料用コークスと、陰極兼炉体で炭素の純度が99%以上の黒鉛も扱っていて、要は黒ければ何でも仕事の対象になっていた感があります。
陽極用電極材料で残りの2%位の不純物はほとんどが鉄と珪素の酸化物ですが、その他の不純物が原料によって大きく変化します。原料には石油系と石炭系があって不純物の内容が異なる他、石炭系はそれほどではありませんが石油系は原油の産地で不純物の種類と量が大きく異なりました。従って、炭素材料メーカが変わると不純物の内容が変化した上、同じ炭素材料メーカから購入していても原油ソースが変わるとやはり変化しました。不純物は一緒に還元されてアルミニウムの中に入ってしまうので、地金の微量不純物量が変化することから大部分の用途には問題が起きないのですが電線用など微量不純物の影響を受け易い用途には注意が必要でした。しかも、石油精製会社にとっては原油からガソリン等の軽質油や燃料用の重油を採るのが第一で、残ったアスファルトから有用な物質を改質処理で採ってから減圧処理で揮発分を採取した残りから炭素材料を作る為、副産物の中でも重きをおかれていなかったと思います(ひがみかもしれませんが)。従って、石油市場の動きで石油精製会社が手当する原油が変わることもあり、これがひいてはアルミニウムの微量不純物の種類と量に影響しています。
また、石炭系の原料炭素材メーカは世界的にみても数社しかなく、使ったのが試験を含め3社だけだったので変化が判らなかっただけかもしれません。したがって、石炭系の炭素材料を陽極に使っているアルミメーカは、中小ではもっとあるかもしれませんが私の知っている限りでは2社しかなく、特徴のある高い純度のアルミニウムが得られています。
高純度アルミニウムの用途は大部分が電解コンデンサの電極用であり、次いで半導体とフラットパネルの配線用であることから消費の大部分が日本国内ですが、前者の用途には微量不純物の内容と量が大きく影響します。これらの規制の対象となる不純物元素は、先述の電極用炭素材料と、時としては原料油の産地と関係することもあり、このような処につながっているのだと思い知らされたこともありました。
高純度アルミニウムの製法と特徴については過去に多くの論文等がありますので、特徴と用途について以下に記したいと思います。
高純度アルミニウムから思い浮かぶ特徴は、当たり前ですが不純物が少ない、析出物が無い、電気伝導性が高い、耐食性が良い、柔らかい、軟化温度が低い等が思い浮かびます。先の用途で電解コンデンサの電極にはこの中の、不純物が少ないことにより誘電体皮膜が健全であること、電気抵抗が低いことによりコンデンサ内の発熱が少ないこと、化学的に安定なことから塩素イオンを含むエッチング液に耐えること、結晶面を揃え易いこと等の特徴が生かされています。また、半導体とフラットパネルの配線にはスパッタリングで蒸着したアルミニウムを利用するのですが、この用途には電気抵抗の低いこととスパッタ時に異常放電の原因と言われる析出物の無いことが利用されています。
最初に高純度アルミニウムを扱ってびっくりしたのは、アルミは塩酸に容易に溶解するとしたそれまでの教科書的知識では考えられないような現象がおきた時でした。即ち、化学分析用に酸で溶解しようとして一昼夜塩酸に漬けておいたのですが全然溶けていなかったのです。この時極微量の塩化白金酸を加えると見る見る内に水素ガスを発生して溶けていったのを覚えています。アルミが腐食するのは電気化学的な反応がおきているのを痛感した時でした。
このように高純度アルミニウムは腐食し難いのですから表面処理をしなくても普通の環境におくことができます。図1は歩道の車止めに高純度アルミニウムを使った例で、海岸近くの道路に設置して20年近く経ていますが現在でも腐食せず光沢を保っています。但し、前述のように柔らかいので車が衝突したのではないのですが所々に傷がついているのは否めません。
ある時、工場内の通路をフォークリフトで圧延用スラブを運搬して来るのに出会ったことがありましたが、横にいた上司があれは高純度アルミニウムのスラブだと当てたことがあります。専門外の方ですが光沢の差で判定されたようです。このように高純度アルミニウムは光沢を失い難い特徴があります。多分、放置中に大気中の酸素と化合して酸化被膜はできるのでしょうが、この酸化被膜の透明度が高いのだと勝手に思っています。某社がこの特徴を生かして卓上の置物に高純度アルミニウムを使った例が図2です。これも作成後約10年経ていますが塗装、陽極酸化処理など全く施していないにも係わらず高光沢を保っています。
現在工業的に量産されている高純度アルミニウムは不純物の総量が1ppm程度の6Nまでですが、需要があれば技術的にはさらに純度を高くすることも可能です。このようにさらに純度を高くした場合にどのような性質を持つようになるか、今まで知られている高純度アルミニウムの特徴の延長線上か又は急激に変化する特徴があるのかデータが無いのでわかりませんが興味のあるところです。特に、高純度アルミニウムの電気抵抗とおそらく光の反射特性にも結晶方位の影響があることも知られており、単結晶も作り易くなりますので今までに無い特徴のあるものが得られる可能性があります。幸い私の周りにはこの分野の優れた研究者や技術者の先輩・同僚が数多くいますので、教えていただきながら進めて行けたら幸いと思っています。