一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

雪とアルミニウム

平成17年4月15日掲載

柳本 茂

昭和電工株式会社
アルミニウム事業部門
技術センター長
技監

 
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昭和電工喜多方事業所正門の春
昭和電工喜多方事業所正門の春  昨年の6月に、18年間住み慣れた会津喜多方の地を離れ、栃木県小山市に居を移したが、生まれ育ちが横浜の濱っ子にとって、第二の故郷となった喜多方の街での思い出は数多い。

 

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カタクリの花
 春夏秋冬。季節はメリハリをつけて移り変わる。
春は雪間に見えるフキノトウから始まり、桜・梅・桃・レンギョウ・木蓮と木々の花が一斉に咲き競い、庭先の芝桜の絨毯が地面を覆う。
夏には、祇園祭りのお囃子に流れを汲む「夏祭り」の太鼓台が街を練り歩き、川原の花火が夜空を彩る。
短い秋は裏磐梯の山肌に錦の帯が掛かることから始まり、五色沼、雄国沼と湖沼に映る紅葉が、日を経るにつれて郷に下り、街の中は赤や黄色の色模様に包まれる。黄金の稲穂が刈り取られ、桜の小枝から紅の葉が木枯らしに吹かれて全て落ちる頃には、赤黄色に熟してたわわに実った「身知らず柿」に、白い雪の綿帽子が被る。
冬の訪れは突然の夜明けの雪から始まる。夜半の雪、昼に木漏れ日、夕方のしぐれ雪。山岳気候のように天気が目まぐるしく変わる。そして、寒さと雪との戦いは3月まで続く。

 赴任した最初の年の降雪は今でも思い出されるほど惨めなものであった。朝、家内の嬌声に起こされて窓の外を見ると、半端ではない積雪。「いつの間に積もったんだろう」と、話をしながら玄関の引き戸を引いたら、太腿までの高さ。子供達は驚くやら喜ぶやら。玄関口から道路まで3m程の慣れない雪かきに一汗流し、その後、道路に積もった雪を短い長靴で掻き分けながら、靴の中にたまる雪を時折り振り落としつつ、1時間ほどかけて会社に着いた。「今年の雪は未だ少ない方だ」と慰め、そして真冬の環境に早く慣れることに期待を込めて、汗を拭く私に、職場の仲間が喜多方の雪について一語り。

 小学生の冬の体育の授業はスキーである。校庭の片隅に盛られた高さ4m程の丘がゲレンデで、2年生以上は斜面を滑り下りながら基本的なフォームを練習する。高学年になると、スキー場に行きリフトに乗ってゲレンデを滑る。同伴した父兄はにわか指導員となる。一年生はスキーを履いて校庭を横切り、校舎と丘を行って帰ってくるだけで1校時が終わる。小学校の隣にあった社宅の2階の窓から校庭を眺めていると、色とりどりのスキーウェアーが団子となって行進している。中には転んだり止まったり、先生方に励まされながら行列は遅々として進む。小学校の体育の授業のお陰で、家族全員がスキーにはまった。休みの日には天気の様子を見ながら、ゲレンデが空く午後に出かけ、帰りは温泉に入って疲れを癒し、喜多方ラーメンで夕飯を済ませた。ゴルフと違い、家族皆なで楽しめるスポーツを堪能したのであった。

 この様に、雪に苦しめられ雪に楽しんだ生活を送っている時に、横浜の図書館で「雪は天からの手紙である」という中谷宇吉郎の図書に出会った。ルビが振られた彼の研究成果は、児童図書とは言えない程にアカデミックで高度な内容であり、雪の出来るメカニズムを良く説明していた。
 雪の形はデンドライト状(樹枝状)の六角形をした結晶。これが私の持っていた雪に関する結晶のイメージであった。しかし中谷によると、雪の結晶には針状のものや、デンドライトの成長のない六角形の板状のもの、鼓の形をした立体的なものなど、様々な形のものが有るという。豊富な形の北海道の雪が顕微鏡観察でのガラス乾板写真として残っていた。1930年代のことである。しかも中谷は、十勝岳の山懐にある標高1000mの山小屋での結晶の観察と、その後北海道大学構内に建設した常温低温研究室での研究とにより雪の結晶が出来るメカニズムを解明した。当初、ガラス板を使っての雪の再現実験はうまく行かず、自作した円筒型の結晶生成装置内に、細い兎の毛を下げることによって、立体的な雪を再現した。しかも結晶の生成には核が必要で、兎の毛には小さなこぶ(核)が付き、そこを中心に結晶が成長することを見出した。毛糸ではこぶは出来なかったという。

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雪柳についた雪花
 結晶生成装置内の、水蒸気を発生させる水槽の水温と気温との関係から、出現する結晶の形態が異なることを発見したのである。水蒸気の量が少ないと、結晶の成長は抑えられ、雪は板状か柱状、針状となる。一方、気温が零下15℃ぐらいで、水蒸気量が多い時には、デンドライト状の六角形の結晶が現れる。水蒸気量が多い場合で、気温が高かったり低すぎたりしても、デンドライト状の結晶は現れない、というのである。この法則は、「ナカヤ・ダイヤグラム」と呼ばれたが、これこそが雪を造る雲の中の状態図であった。そして1942年には研究の成果に学士院賞が贈られた。
 雪の形を観察すると、それが形成された雲の中の気象状況が判るので「雪は天からの手紙である」と言った。雪の形に託された情報を読み取ることで、水蒸気の塊の雲の中で起きているドラマが推測出来るのである。

 昭和電工㈱に入社し、アルミニウムの仕事に従事して30有余年が過ぎた。一貫して連続鋳造技術に係わった中で、顕微鏡を覗く時ほど楽しいことは無かった。自然の造詣は、予想もつかないような結晶形状を目の前に見せる。過共晶珪素系合金の初晶珪素の形状は、冷却速度によって大きさも形態も全く違うものとなる。鋳物の厚肉部のように冷却速度が遅い組織では、初晶珪素は内部にアルミを含んだ大きな骸骨のようなブロックとなるが、細径連鋳棒のように冷却速度が早い組織では、大きさが5分の1以下の微細粒子となってアルミ地に分散する。粒子は骸骨状ではなく、ザラメ状の均質なものである。そしてアルミ地には、α晶がデンドライト状に成長し、それは、まるで雪の結晶か、小さなもみの木を撒き散らしたように分布する。
 マクロ組織の観察では、結晶粒微細化処理を施していない鋳塊の組織は、鋳塊断面の一つ一つの柱状晶が、鋳塊の中心に向けてまるで花が開いたような花弁の姿を見せる。中には、鶏の羽根がアルミの中に入って固まったかの様な羽毛状晶が、細かく並行な細い筋として現れる。これらの組織は、同じ鋳塊なのに何処を切断しても同じものは2つとして存在しない。中谷宇吉郎が、雪の結晶に2つとして同じものは無い、と言ったように。

 溶けたアルミニウムの凝固の過程で結晶が生まれ育ち、ある成分ではα晶として、違う成分では初晶として形造られる。その成形の姿は、もし、溶けたアルミニウムが透明で中が透けて見えたなら、きっと中谷宇吉郎が観察したのと同じように、アルミニウムの結晶の成長する過程が目で見て観察出来るのだろう。
 この様に、天空の水蒸気の凝固と、地中から掘り起こされ、精錬され、溶解された金属の凝固とが同じ次元で考えられるということを、中谷宇吉郎によってこの時私は始めて知らされた。

 喜多方の今年の冬は氷点下15℃にも下がり、降雪量も多く、例年に無い厳しさを経験したという。きっと、この雪の中には中谷が観察したのと同じ六角形のデンドライト状結晶が、喜多方の街を白く埋め尽くしたに違いない。
 
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