一般社団法人 軽金属学会

  • お問い合わせ
  • English

エッセイ

時  代

平成16年2月1日掲載

金武 直幸

名古屋大学大学院
工学研究科
教授

 

   ♪♪ そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
   ♪♪ あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ


 学生時代に聞いた中島みゆきのこの歌をとても気に入っている。今も、CDではなく、当時買ったレコードをプレーヤーに乗せて聞きながら、時の流れを思い起こしている。

 1969年、重苦しい受験勉強から開放され、材料分野への小さな一歩を踏み出した年だった。東大安田講堂の攻防戦をテレビで見ながらの受験勉強、そして東大の入学試験が中止となり、大学紛争が全国に拡大する中での大学受験であった。そんな受験勉強から開放されたピカピカの一年生の目に真っ先に飛び込んで焼き付いたのが、大学のキャンパス一面に並べられた『立て看板』である。たたみ一畳ほどの立て看板が校舎に沿ってずらりと並び、あの『立看フォント』とも言うべき味のある文字で、様々な大学問題への提起がなされていた。その中で、『産学協同』『大学自治』そして『ベトナム戦争』、この3つの言葉が今も鮮明に頭に残っている。そして35年が過ぎた今、これらのキーワードが、新しい時代を捕らえ、新しい意味を持って、新しい課題を私たちに問いかけている気がする。

 東大の安田講堂から半年ほど遅れて、名古屋大学にも大きな波が押し寄せてきた。テレビで見ていたあの安田講堂の攻防戦が、目の前で繰り広げられている。ノンポリの我々も無関心ではいられない。立て看板に書かれている『産学協同』、工学部で学ぶ私にはとても気になる言葉だった。学生集会で配られるビラや関係資料に目を通して、その言葉の持つ意味や課題を勉強した。しかし、数学・物理の受験問題集から開放されたばかりの頭には、あの立看フォントと同様に、ガリ版ビラの文章もなかなか難解で素直には理解できない。文章の意味を何とか理解できても、その実態を知らない大学1年生には、自分が歩もうとしている工学において、この『産学協同』をどのように捕らえるべきか判断のしようも無かった。学生集会、ストライキ、教養部校舎の封鎖、激動の大学生を過ごし、大学院へ進学して材料研究の面白さを知る中でも、時に触れてあの立て看板の『産学協同』の文字が頭をかすめ、その真意を常に知りたいと思い続けてきた。

 それから15年後、1984年、忘れかけていた『産学協同』の立て看板を思い起こさせてくれるカルチャーショックにぶつかった。ドイツへ留学した時である。シュツットガルト大学の塑性加工研究所(ランゲ教授)での1年半、自分が学び、研究者として活動している日本の大学とのあまりの違いに呆然とする思いであった。国立大学の教授が同時にベンチャー企業の社長であり、研究所には国に雇用された研究者、教授の企業に雇用された研究者、そして共同研究プロジェクトで雇われた研究者が同居している。「おまえはどこの費用でこの研究所に来たのか? 研究テーマはどの企業とやっているのか?」と尋ねられ、「フンボルト財団の助成による客員研究員で、自分の勉強のためのテーマだ」と答える私に、どうも違和感を感じているようだった。研究所の年間研究費は、30%が国からの研究費、70%が民間企業との共同研究費と聞いた時も、ドイツ語を聞く自分の耳を疑った。研究所で開催される研究集会等も、内容によっては非公開で外国人の私は参加を許可されない。塑性加工という生産現場に直結した研究分野では、実製品を直接研究対象としている場合もあり、同じ実験室の中でも「ここは見せられない」と、あっさり断られることもあった。こんなドイツの大学を目にしながら、あの立て看板の『産学協同』を思い起こしていた。あの学生集会のビラに書いてあったことを、どのように捕らえたら良いのだろうか・・・。これから日本に帰って、自分はどんな研究者に・・・。

 それから20年、2004年、材料研究者として日本の大学の大きな変革に直面しつつ、今なお『産学協同』が頭をかすめる。35年前にあの立て看板で見た『産学協同』、そして20年前にドイツで見た『産学協同』、同じ言葉がまったく違う意味を持っている。そして今、日本の科学技術に求められている『産学協同』は・・・。昨年、我々の研究室の研究内容に関心のある企業技術者に呼びかけて、研究室の広報を目的に「研究成果報告会および交流会」を試行し、予想以上に好評であった。これから10年、20年先、工学研究者に求められる『産学協同』とは・・・?


       ♪♪ まわる まわるよ 時代はまわる 喜び悲しみ 繰り返し
       ♪♪ 今日は別れた恋人たちも 生まれ変わって巡り会うよ


 国立大学の『独立法人化』、そして毎日の新聞・テレビの話題となる『イラク戦争』、あの立て看板の『大学自治』そして『ベトナム戦争』とあまりにも似ている。しかしながら、今の大学に35年前のような『立て看板』が一面に並ぶことはありそうもない。今の学生は、こんなキーワードをどのように捕らえているのだろうか・・、学生達に問いかけてみたい。

 そんな1969年、忘れられないことがもう一つ、『アポロ11号』の人類初の月面着陸。そして、やはり35年後、探査車『スピリット』の火星着陸。科学技術の成果は着実に進みつつ、時代は巡る。

 
PAGE TOP