一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

ドリアンと技術移転

平成15年12月1日掲載

石山 喬

日本軽金属株式会社
取締役専務執行役員

 

 私の家にドリアンの木が2本ある。これは以前マレーシアを訪れた時、夕食後に誘われて街角の屋台で食べたドリアンが大変美味しかったのでその種子を持ち帰って育てたものである。このドリアンの芽の出方は非常に不思議なもので、種子を土に埋めて4、5日すると芽らしきものが現れたのだが、さらに3日程の間でこれはぐるっと曲がって土の中に潜っていってしまい、また2、3日後に土の中から新たな芽“これが本当の芽”が現れ次第に上に向かって伸び始める。この後は通常の木と同じように双葉が出、枝が伸びてという成長過程をたどっていく。
 私の所属する日本軽金属は現在までの間に、色々な技術を主には発展途上国へ移転してきた。場合によっては設備の建設から工場管理者、操業員のトレーニング、品質管理、梱包、安全管理の指導等全てに亘ることもある。マレーシアの会社をALCANから引き継いだ時は、設備に手を入れる前にまずアルミの板作りの工場はどのような考え方で運営されなければならないかという工場運営の基本から勉強してもらうことにした。これには工場長、主な部署の部長、課長、係長、現場のリーダーをセットで選抜して日本に来てもらい、個々人用と、全員が同じレベルで理解してもらうものとに分けてプログラムを作成した。
 今までの経験から、ALCAN流の管理者は事務所から出ずに集まった資料を基にして、結果の分析や今後の方針を決定していくというやり方が、管理者達に浸透している事を知っていたので、我々の現地、現物、現実の3現主義を理解させ、管理者達がクーラーの効いた所でのうのうとしているのではなく、現場で本物に接し、オペレーター達と一緒に汗を流しながら技術や管理の改善、開発をすることがいかに大切かを体得してもらう事を一番の命題として行った。一定の導入教育を終えた後にそれぞれの実習生は現場に分散し実習を始めた。製造の作業現場に近いポジションから来た人は当初品質基準の厳しさに驚いたが、これに慣れた後は比較的楽に溶け込んでいった。もっとも当社現場監督者達のアフターファイブでのお酒の教育には少々音をあげてはいたが。
 管理者達には各々の管理業務の他に、小集団活動、改善提案活動への取り組み方も練習してもらった。これを通じて現場オペレーターとの意思の疎通やオペレーターの教育を進めていけるようになってもらうためである。これはなかなか大変であった、そもそも小集団活動なんて、一生懸命知恵を出し、データーを取り、良い結果が出たらリーダーが発表して良い顔をしてというわけで、日本人と違って人前で発表するのはすごく好きだが、アシストはちょっと、といったところであった。
 改善提案も人に出せと言うのは楽であるけれど、自分で考えるのはなかなか難しく、やはり常に問題意識を持ち悩んでいなければ簡単な物でも出てこないものである。会社の仕組みとして行うためには、彼ら管理者達自身が常に高い目標を設定し、問題意識を持って活動していなければ下の人達もその気にはなってこないものである。当社工場の実態を知ってもらいそれに対する改善提案をしてもらう等の練習も行ったが、ぜひ自分たちも導入したいというところまで行くにはさらに日時が必要であった。
 その後何回か現地へ指導に行くうちに向こうの人達と話をしている時、前期ドリアンの芽の出方の話をしたところ、それを知っている人は喜び、知らない人は驚きで、あっという間に私がドリアンを育てている話が会社中に広まってしまった。この後はどこを歩いていても皆ニコニコして話しかけてくるし、仕事の話も良く通じるようになり、アフターファイブには事務所のどこかでドリアンパーティーが開かれたり、ドリアンのプランテーションまでドリアン狩りに招待されたり、家に招待され食後のドリアンが出てきたとたん今まで隠れていた小さな子供がとびだしてきたりと、このフルーツに対するマレーシアの人達の思い入れの深さを実感させられることになった。
 今振り返ってみるといろいろな所へ転勤し、また操業指導に出かけてきたが、そこでの仕事が上手くいくかどうかは、自分自身が現地にどの程度溶け込めたかが一番のポイントであった。それには現地の人達が一番大切にしている物、一番好きな食べ物、一番好きな遊びをこちらも大切にしたり、楽しんだりすることだと長い年月の間に体得してきたようである。これからもタイ、中国等への行脚が続くが新しい好物、新しい趣味が増えて行くのを今も楽しみにしている。
注:これから東南アジアで(輸入品は美味しくない)ドリアンにトライしようとする方は、食後就寝時のベッドでうっかりガスを漏らさないようにくれぐれも注意されたし。

 
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