一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

卒業生との出会い

平成15年1月1日掲載

菅又 信

日本大学生産工学部
機械工学科
教授

 

「先生、こんにちわ」と外出先の都内のある駅前で声をかけられた。見ると卒業生の懐かしい顔がほほえんでいた。電気通信機器メーカーの中堅技術者として、東京方面に転勤になったことを年賀状の交換で知っていたが、顔を合わせるのは久しぶりだった。これから設計した装置の打合わせで発注元を訪れる途中とのことで、名刺をもらって短く近況を聞いて別れた。先日も通勤の電車の中で研究室の卒業生に偶然に出会ったが、この人口密集の大都会の中で出会う確率が高いのは、卒業生が多いためであろう。昭和42年に現在の大学に勤務して以来、私が所属する機械工学科の卒業生は9,000名を越えている。

 助手時代の実験科目における指導とその後の講義等において、すべての学生に対して教師としての役割を果たしてきた。大学の授業だけでは、残念ながら在学中を含めて、学生の名前と顔が一致することは殆どないが、4年生の必修科目である卒業研究の1年間は、学生にとっての親以上に会話する相手になってきたと思っている。さらに大学院に進学すると一層深いつき合いとなる。毎年の4月にそれぞれ違った性格の新たな学生が研究室に配属されることは、楽しみでもあるが、研究指導のみならず就職先の決定にまで係わることもあって、責任も多いことである。これまで34年間に配属された卒業研究生の累計は750名以上であり、それぞれの顔やその時代の研究テーマ、親睦旅行などが思い出される。とくに研究のスタートとなる実験材料の作製で苦労したことや、新たな実験装置の製作などが印象深い。しかし、最近の10年間に比べて、さらに古い卒業生のことが鮮明に思い出される傾向である。これは、私が年齢を経るにつれて、忙しさに託けて学生の指導を直接行わなくなったためであり、反省すべき点である。

 これまでの研究テーマの多くは、研究対象とする材料を作製してその性質をしらべることであるが、安全に実験が行われることが最も重要である。これまでに、溶湯を撹拌する道具や鋳型には水分がないことを確認する、マグネシウム合金溶湯は燃えること、澄んだお湯のように見えるけれどもソルトバスの温度は高温であること、圧延機の操作では巻き込み防止のために手袋をしないこと、揮発性薬品は容易に引火すること、腐食液の取扱いには手袋を使用すること、などなど多くの注意を与えてきた。最近は、メカニカルアロイングや急冷凝固で金属粉末を取扱うことが多くなってきた。初めてのマグネシウム合金の急冷凝固では、試作した実験装置のアクリル窓の中で粉末が舞っているのを見て、アルゴン雰囲気であるから燃えることはないと理解していながら、小学生の頃の集合写真でのフラッシュを思い出した。メカニカルアロイングでは、MA処理後のアルミニウム粉末やマグネシウム粉末の表面には新生面が現れていることを学生に教えている。幸いこれまでに大きな事故もなく研究が行われてきたのは、学生達が素直にまた熱心に研究に取り組んできたためと思っている。多くの大学での研究において苦労することは、卒業とともに学生達が修得した貴重な実験技術が失われることであろう。技官制度などはないことから、大学院への進学率が増加するにつれて、その技術が確実に伝承される傾向にあることは大変望ましことであるが、毎年の卒業の時期になると、研究データもさることながら、装置の取扱い方法などのノウハウは失われないようにと願っている。

 これまで、研究設備も貧弱な時代、大学紛争の時、少子化に伴う偏差値の低下など、長い間にわたって、多様な学生がいろいろな環境の下で、研究室に所属して卒業研究を行って巣立っていった。入学時の学力の如何にかかわらず、研究室というミニ社会の中でそれぞれが個性を出しながら、協調して研究室の活性化を図る姿は毎年のことながら頼もしく思っている。やや学生を持ち上げすぎの感もあるが、若人達は目標を見つけると物事をやり遂げることができると思っている。先日、ある企業の方より、当社では会社などに仕えることを第一とする「仕事」ができる人は望んでいない。意欲をもって物事を解決する「志事」を重視したいとのことを云われた。学生達は大きくかつ新鮮な志を持っていることから、大学で養った財産をさらに磨いて活躍してほしいと願っている。

 
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