エッセイ
透明アルミニウム
(Transparent aluminum)
平成25年4月1日掲載
成島 尚之
東北大学大学院工学研究科
材料システム工学専攻
教授
スタートレック(Star Trek)は米国のSFテレビドラマ(映画)シリーズであり、登場人物のスポックをご存知の方も多いと思う。人間性豊かなストーリーでありながら科学技術が重要な役割を果たす設定になっており、熱狂的ではないが(アメリカかぶれと言われればそれまでではあるが)ファンの一人である。スタートレックには多くの夢のある材料やデバイスが存在しているが(妻は、料理の名前を言えば自動的かつ瞬時に作ってくれるフードレプリケーターがあれば良いと言う)、そのうちの一つに透明アルミニウムがある。1986年には透明アルミニウムを将来発明する科学者が生存しているというドラマ中の設定によればそろそろ世に出てもよいころであろうか。
不勉強にして知らなかったが、2009年にTurning solid aluminium transparent by intense soft X-ray photoionization (B. Nagler et al., Nature Phys., 5 (2009) 693.)なる論文が出版されている。専門とは大きく異なるために深い理解は困難であるが、アルミニウム膜に強力な軟X線を照射することで極短時間、ある波長領域の光の透過度が上昇するという話らしい。もちろん、可視光透過アルミニウム創製を目的とした研究ではないと推察するし、現時点ではスタートレックの設定とは大きく異なるものではあるが、透明アルミニウムを連想させる。
準結晶を発見されたダン・シェヒトマン博士が2011年度のノーベル化学賞を受賞されたことは記憶に新しい。研究対象にされた材料は軽金属(Al-Mn合金)であったことも広く知られている(D. Shechtman et al., “Metallic phase with long-range orientational order and no translation symmetry,” Phys. Rev. Lett., 53 (1984) 1951.)。2011年12月に軽金属学会60周年事業の一環として東北支部では「東北支部のあゆみ」なる冊子を作成し、これまでの東北支部の活動を纏めるとともに軽金属関係の研究者や技術者25名から寄稿頂いた。時期的なこともあり、その中で複数の研究者がダン・シェヒトマン博士のノーベル賞受賞に言及されている。その「東北支部のあゆみ」で藤川辰一郎先生が、日本金属学会「まてりあ」(51 (2012) 333)で蔡安邦先生(東北大多元研)がそれぞれ指摘されているとおり、準結晶発見のポイントは10–14at%という物性面からは興味を持たれていなかった高Mn濃度アルミニウム合金に着目したことであろうと思われる。
昨今のエネルギー問題や環境問題を考えれば、軽金属の低コスト化、高機能化、リサイクル性向上などに対する期待は大きい。大学に籍をおく(大学にしか籍をおいたことがない)者として、「透明アルミニウムはともかくとしてもほんの少し手を伸ばせば大きな発見がある(かも知れない)」、「物性や合理的なプロセシングに関する社会的な要請の高まりが感じられる」、「それぞれが金属材料として独特の魅力を持つ」、チタン、アルミニウム、マグネシウムなどの軽金属の面白さを学生さんに伝えていきたいと考えている。