軽金属のお話

マグネシウムの歴史

5.1 輸送機器

(1)航空機、ミサイル、人工衛星

1909年に初めてマグネシウム合金鋳物部品が航空機に採用され、フランクフルトで開催された国際航空展示会に出品されました。とくに第一次世界大戦時およびそれ以後のドイツの軍用機にはエンジンおよび機体関連の部品に多くのマグネシウム合金が採用されていました。当時の主なマグネシウム鋳物合金は、例示すると、現在のAZ63(Mg-6%Al-3%Zn)やA10(Mg-10%Al)相当など、展伸合金には現在のA10、AZ31(Mg-3%al-1%Zn)、M1(Mg-2%Mn)相当などです。
第二次世界大戦には軍用機のエンジンまわりの部品とくに、燃料分配器、過給機などの各種筐体などのかなり大きなマグネシウム合金鋳物が日本を含めて世界的に広く使われていました。
戦後、ジェット機の出現に伴って新しいマグネシウム合金の開発が要請され、英国において1950年代に一連の希土類元素(R.E.)およびジルコニウム(Zr)を含む耐熱合金が開発されました。たとえば、ランタン族元素を含むマグネシウム合金がデ・ハービランド(De Havilland)社のゴースト(Ghost)エンジン部品に、また、トリウム(Th)入り合金が改良型ナピアエランド ターボプロップ(Napier Eland Turbo-Prop)エンジンの支柱鋳物部材に使われました。その他、軍用機やヘリコプターの各種部材にマグネシウム合金が多量に用いられました。このことは米国においても同様であり、各種超音速機に鋳造材および展伸材が採用されました。また、Mg-Zn-Zr強力合金が軍用機の大型脚部品や車輪などに使用され、後に民間機の鋳物車輪にも用いられました。概して、インレットケース、ベアリングサポート、コンプレッサーケーシングなどのジェットエンジン部品やトランスミッションハウジング、ギアボックスなどのヘリコプター部品に多用されていたようです。
この当時は多くのマグネシウム合金が規格化されており、在来のAZ系(Mg-Al-Zn合金、たとえばAZ91:Mg-3%Th-0.6%Zn)に加えてHK系(Mg-Zn-Zr合金)、EK系(Mg-R.E.-Zr合金)などが加えられました。
また、ミサイルの胴体部品にマグネシウム合金鋳物および展伸材(押出材および板材)が用いられました。このような航空宇宙関係の機器におけるマグネシウム合金の開発は、Mg-Th合金のような耐熱合金、Mg-Li合金のような超軽量合金、Zrを含む強力合金などの開発という点から重要な意味がありました。
マグネシウムにZrを添加して結晶を微細化させ、その性能を上げることは古くから知られていましたが、工業的な応用は1940年代からです。当初はその合金中、Zrを含むマグネシウム鋳物合金の生産高はマグネシウム鋳物合金全体の約0.5%程度でありました。それが1955年には約58%となり、その内訳はMg-R.E.-Zn-Zr合金が約35%、Mg-Zn-Zr合金が20%、Mg-Th-Zr合金が3%でありました。残りの約42%が旧来のMg-Al-ZnおよびMg-Mnの合金として大型鋳造部品に、また、R.E.添加合金はジェットエンジンまわりの耐熱部品などに用いられました。
また、Th入りの合金は、航空機、ミサイル、ロケットなどの耐熱性がR.E.入り合金よりもすぐれたものが要求される部分に用いられましたが、その後Thが放射性を持つことでもあり、これらの部品または相当品はチタンなどの他材料で置き換えられたようです。各種の人工衛星においてもマグネシウム合金が使われています。アメリカのバンガード(Vanguard)第1号の休場容器は、表面を研磨し、Cu、Ag、Auとメッキを重ね、さらにその上にCr、Al、SiOを蒸着させています。この衛星は1958年3月17日打ち上げられました。デトロイト(Detriot)で作られたバンガード衛星の一つが地元の歴史博物館に寄贈されています。またテルスター(Telstar)は肉厚なZK21A合金管財で組み立てられた球状骨組みとリング状AZ31B合金版に溶接した100個以上のAZ31B合金材製精密衝撃押出缶(コップ状容器)からなっています。押出し材や板材などの展伸材の使用はヘリコプターを含む航空機の内装部材にも用いられました。マーキュリー(Mercury)計画でも搭載カメラのカバーやケース類をマグネシウム合金で製作して軽量化が図られました。なお、1971年に打ち上げたわが国の人工衛星の骨組みにもマグネシウム合金押出材が使用されています。
その後も、たとえばジェミニー(Gemini)4におけるHM31A合金押出材やHM21A合金板材のように、マグネシウム合金が人工衛星に用いられました。その波及効果もみられ、たとえば、R.E.やZrを添加したマグネシウム合金の一つにZE41(RZ5)合金があり、1970年代初期には英国、ドイツなど欧州では使われていました。米国での採用は10年近く遅れていましたが、この合金はAZ91などの古い合金に取って代わりヘリコプターのギアボックスなど航空機部品のほか自動車などにも波及して用いられるようになりました。
この合金は、ガスの含有、熱間割れ、鋳物の内部に小さな空洞群ができるマイクロポロシティーなどの鋳造欠陥の生成が少なく、鋳造性が良好な合金です。
このように新合金の開発が進んではいますが、近年改めて、マグネシウムが航空宇宙材料として広く認められるには耐食性と保守・管理性の一段の向上がなされなければならないとの指摘がありました。この見解に関連して歴史的経過をみますと、たとえば1960年代にイギリスにおいて軍用機および民間機におけるマグネシウム部品の使用禁止が提示されました。その要因の一つは燃焼の不安でありますが、主要因は腐食に関するものです。その主張の根拠は、マグネシウム材が水はけの悪い場所や湿気の強いところなど不適切な古書で使用されたり、部材が稼働する予定の条件に適合した防食方法の選定を間違えていたり、あるいは検討された有効な防食処理方法の実施装置が稚拙だったり不完全であったりしたことに依拠しているとみられます。しかし、その後、1982年のフォークランド紛争に際し、会場の厳しい環境条件下での使用に耐えた英国軍用ヘリコプターの事後検査においてマグネシウム合金部品の健全性が認められ、これによってマグネシウムの信頼性が高まったといわれています。当時の見解として、マグネシウム防食処理に要求されるのは、稼働する部材の環境条件に完全に合致した最適な防食方法の選定とその選定した防食方法の正しい実施であり、決して万能的なすばらしい防食方法の出現ではないと述べられています。現時点でもこの見解が成り立つと思います。
次に自動車など車両における構造材料に転じて述べます。