一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

ドイツの微笑み

平成22年11月1日掲載

三輪 謙治

独立行政法人産業技術総合研究所

 
 

 2009年は、ドイツ方面へ出張する機会に恵まれ、1年間に3回出張した。初回は、4月にハノーバーメッセで研究成果を出展するためハノーバーへ出張した。2回目は、8月にThermec’ 2009で招待講演を行うためベルリンへ出張した。3回目は、10月にマグネシウムの国際会議で研究成果を発表するため、ワイマールへ出張した。ハノーバーメッセの出張に関しては、既に日本鋳造工学会誌の随想(2009年7月号)に感想を報告させて頂いた。

 ドイツへ出張していつも感じることは、日本にいる時と違って、何かしらホットすることである。もちろん、英会話を含めて、ドイツ語での会話も全くの不得手の身であり、言葉による意思の疎通などは全くと言ってよいほどできないので、意思の疎通で困ることがないと言うことはあり得ない。何が違うのかをよく考えてみると、時間の流れ方が違っているように感じる。ドイツ人の歩き方は大股でゆったりとしており、全ての動作に関してがさがさと急いだ所がない。何かを踏みしめるように歩く。また、ドイツでは歩道が石畳でできているところが多く、歩くことが大変楽しく感じられる。ちょうど、10月にワイマールを訪問した時は、紅葉が真っ盛りであり、澄んだ空気に包まれて、真赤や真黄色の大きな葉がひらひらと落葉する中を、石畳を歩いて会議場に着いた。何というか、自分の人生の時間の経過を、歩きながら紡ぐような感じがした。ワイマールはゲーテやシラーが彼らの最も重要な作品を創作した町でもあり、歩きながらの思索を通して、彼らが小説や詩や劇を練ったことが容易に推察される。

 ドイツでは歩きながらすれ違っても、特段、外国人として特異な目で見られたりすることも少なく、ごく普通に見なしてくれる点も、変な気を遣わなくて済む点で、居心地の良さの一つといえる。もちろん、出張で来てホテルに滞在しているので、日本にいる時のように、電話に追われることはほとんどない。また、接続の具合の関係で、電子メールも常に良好な状態で接続できる訳ではないので、接続できないその間についてはメールに煩わされることもない。

 時間がゆったりと流れるように感じることには、大きな価値があるように思う。ゆったりとしていると、これから起こることが予想されるいろいろなことや将来について、様々な思いが湧いてくる。また、自分の人生を俯瞰することもできる。逆に、日本にいる時は、常に何かの仕事に追われており、自分を自ら追い立てているようである。このため、ゆっくりと自分を振り返る時間もなく、慌ただしく一日一日が過ぎていき、気がつけば、1ヶ月、1年が過ぎていたと言うことになる。

 ドイツでは鉄道やバスや地下鉄等の公共交通機関の連絡網が発達しており、移動には非常に便利である。特に、DB(ドイツ鉄道)といわれる日本のJRに相当する鉄道では、駅で列車に乗り込む際に改札口がない。切符を販売するところは駅舎内のホームと離れた所にあるため、切符の購入を忘れて列車に乗り、その後初めて切符を買っていなかったことに気づくこともある。もちろん切符は車内でも購入できる。S-Bahnという都市内線や都市近郊線では、自転車を持ち込むことも可能である。ドイツでは健康のためか、環境のためか、自転車を利用する人が多く、自転車を車内に持ち込めることは非常に利便性が高く、合理的だと思う。また、ローカル線ではあまり車内での検札にも来ないので、無賃乗車も可能なようだがそれをしないのがドイツ人である。

 ドイツを訪れた時は、時間を見つけて地元の博物館や美術館を訪ねることにしている。特に、ドイツの博物館は充実しているように思う。その都市の考古学的な地質の生成過程から始まって、その都市の歴史の経緯、国の成り立ち、文化の変遷等、幅広くわかりやすく紹介されている。そこに生活する人の原点がわかるようになっている。なお、地方に行くほど説明文の表示がドイツ語のみの場合が多くなるので、類推して理解する部分は多くなる。ドイツ人は活字で文化や歴史を残す特徴があるようで、克明に書物などの記録に残す傾向があると思う。どこの博物館や美術館もしっかりと説明がなされている点はありがたい。

 ドイツの国際会議等に参加した際に、昼食が付いていない時、会場内にレストラン等がない場合には自分で昼食を取りに外に出かけなければならない。昼食時はどのレストランも混んでいるのが普通である。公園端や街角道路脇の屋台で、ホットドックの一種と思われるが、普通のパンに厚さが1cm位ある豚のステーキや太い長いソーセージをその場で焼いて挟んだものが売られている。焼くところを見ているだけでも食欲がそそられ、その場で焼いているので、香ばしい肉の焼ける臭いも漂い、たまらなく食べたくなる。視覚的感覚と併せて嗅覚的感覚にも訴えるうまい商売の仕方である。これがほんの1~2ユーロ(130~260円位:2009年10月)で食べることができて、大変に便利であり、安価である。ビジネスマンもこれを食べるために列を作って並ぶ。今回ワイマールに出張の折には、昼食で一度利用したが、空腹も重なってとてもおいしかった。また安値感がさらに得した気分を増幅させた。

 さて、昼食の話のついでに、ドイツと言えばビールの話をしなければならない。その土地土地によって様々なビールがあり、種類には事欠かない。ピルスナーやラガーの他にも、白いの(weis)、黒いの(dunkel)と様々である。また、ビールのつまみには、各種のソーセージ類や、トンカツを大きく引き延ばしたようなシュニッツエル等、肉系のおいしい物がいろいろとある。それに、ジャガイモ(Kultoffel)、キャベツの酢づけ(Sauerkraut)などもあり、ビールの味を引き立ててくれるものが多い。ハノーバーであるレストランに入ってビールを飲んだ時は、長方形の長テーブルに陣取った20名程度の中年と思われるお客が、肩を組んでビールを飲みながら歌を歌い、こちらにも加わるように声をかけてきた。ビールを飲めば仲間扱いされる、あるいは、意思の疎通がし易くなると言った印象を強く持った。飲んでいる時は非常に幸福そうな顔をしており、それで人々の壁が取り除かれるようであった。

 帰国のため、ワイマールからフランクフルト空港までDBで移動した時、隣の席に座っていた熟年の女性がドイツ語で気軽にあれこれと話しかけてきて、返答に困った。見ず知らずの私にも話しかけてくれたのはありがたかったが、英語でしどろもどろになりながら、飛行機で日本に12時間近くかけて帰ることを伝えた。「ヤーパン(Japan)」と聞き返してくれ「そうだそうだ」とうなずいたが、十分に説明できる状態でなかった点、申し訳ない思で一杯だった。ドイツ語も少しは話せることの重要性をひしひしと感じた。

 
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