一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

デンマーク滞在記

平成21年5月12日掲載

 

小林 正和

豊橋技術科学大学

 

 今日は2009年5月5日、現在、私は、豊橋技術科学大学若手研究者育成プログラムで1年間海外研修することを許され、デンマークのRisø研究所に滞在しております。昨年の7月からデンマークでの研究生活を始め、おおよそ10ヶ月が経ちました。エッセイなので、研究活動の話については抜きにして、ここでは、これまで10ヶ月間のデンマーク生活を報告したいと思います。デンマークと言えば、ヴァイキング、北欧の国です。人口は550万人、本土(グリーンランドとフェロー諸島を除く)は九州地方より少し大きいぐらいの小さな国です。滞在しているRisø研究所は、原子力関係の国立研究所として設立され、50年の歴史を持つところです。現在はTechnical University of Denmark(DTU)と統合され、Risø DTU, National Laboratory for Sustainable Energyとなっています。そこの材料分野のCentre for Fundamental Research: Metal Structures in Four Dimensionに滞在しています。

 さて、デンマークはヨーロッパの北にあります。緯度はデンマークの首都コペンハーゲンで北緯55度(北海道の稚内で北緯45度)にもなります。Risø研究所はコペンハーゲンから西に約30kmのRoskile市郊外のフィヨルドに面したのどかな場所にあります。Roskile市は11世紀~15世紀半ばまでデンマーク王国の都だったそうで、デンマーク歴代国王の遺体が安置されている世界遺産Roskile大聖堂がある場所です。

 Roskildeは自然がとても豊かです。この豊かな自然の中、1年近くもの間、滞在していると、季節の変化が劇的なことに驚かされます。滞在を始めた夏の頃は、朝は4時頃から夜は22時頃まで外は明るい状態でした。北欧の特徴となっている高負担・高福祉の社会システムを持つデンマークでは労働時間は週37時間と法律で定められているそうです。残業しても雇用者は、高い残業代を払わなければならない上、労働者もせっかく働いても収入の半分は税金となってしまうので、割に合わない仕組とのこと。職業の種類によらず、多くの女性が働いているのも特徴です。研究所でも半分は女性です。朝早くから仕事をはじめて、午後の3時、4時に仕事を終えて、屋外のカフェでお茶やビールを飲んで過ごしたり、家の改築など趣味を楽しんで過ごす人も多いそうです。夏は、夕食の後でもまだまだ明るいので、1日が2日分あるかのようです。夏季のみ営業する遊園地や飲食店などは深夜0時まで営業しています。一方、街のメインストリートにある商店街は、平日でも18時頃には閉まってしまいますし、土曜日の午後、日曜日は休業となります。渡航して、しばらくは、営業時間が短いことに困りました。日本の便利さに慣れすぎてしまっていること気がつきました。ここではほとんどのものに25%の付加価値税のため物価は安くありません。感覚的におおよそ日本の2倍程度です。昨年、10月の世界経済危機後のレート変動で、幾らか割安感が出ましたが、いずれにしても物価は高いです。安いものと言えば、デンマークポークとビールです。

 デンマークの公用語はデンマーク語です。しかし、ほとんどの人が英語も話します。小学校の中学年から英語教育が始まるそうです。英語よりも複雑な発音のデンマーク語が母語であること(デンマーク語にはさらに母音、Ø、Å、Æ、がある。この語を含んだ単語はまねして言ってはみるものの大抵通じません)、TV番組の多くが英語にデンマーク語の字幕で放送されていることなどが理由のように思います。英語以外に小・中学校で、ドイツ語、フランス語を学ぶそうです。大学の講義は英語で行われているとのことでした。デンマーク語には、綴りが違いますが、発音を聞けば、英語やドイツ語に近い単語も多くあります。デンマークの人々は私や家族の名前を難しいと言いながらも、ほぼ一度で覚えてくれます。私は何度聞いても、彼らの名前を正しく覚えられません。彼らはすばやく音を認識し記憶できるようです。一方、私の方は、名前を綴ってもらいそれを手助けとするわけですが、そんな時、自分の記憶システムが文字を介して、記憶するようになっている(日本の文字文化に慣れている)のだなぁと思えてきます。

 デンマーク人は見るからに大柄で、落ち着いた感じがします。それにあわせて(?)、バス、電車、自転車(標準サイズが28インチ)、家、サンドイッチ、ナメクジは大きくできています。日本のものより小さいものは、トイレットペーパーぐらいです。自動車はマニュアルトランスミッションの小型乗用車を乗っています。日本製の自動車はたくさん見ることができます。少し古いものが多く、自動車の値段が高いこともあって、大切に使い込んでいるようです。車道、歩道とともに自転車専用道が、良く整備されています。地形が平坦なこともあって、多くの人々がサイクリングを楽しむそうです。自転車で1時間は通勤圏内だとか。電車などの公共交通では、とても静かに乗っているのが印象的です。皆さん、自転車や大型のベビーカーを利用するので、車両にはそのためのスペースがあり、子供を連れて歩くときは大変便利です。大きな荷物を持っているときや子供用のバギーを押していると、乗せ下ろしを躊躇なく声をかけて手伝ってくれる人が多いので驚きました。

 10月、サマータイムが終わる頃になると、日に日に日照時間が短くなってきます。天気も晴れが少なくなり、曇りが多く、さらには風雨の日々となり、時々雪が降り出します。欧米の一大イベントであるクリスマスの頃までは、寒い中でも町に華やいだ雰囲気がありますが、それが終わると、冬は天気が悪い上、日照時間が極端に短いので、人々は皆、元気がなくなってきます。もっとも日照時間の短い時期は、9時ごろに太陽が昇ったかと思うと15時ごろには夕暮れになってしまいます。しかしながら、雪が降った後の少ない晴れの日や、晴れて霜が降りフィヨルドが凍ると一面が白一色になり、非常に幻想的な風景となります。現在は、フィヨルドが凍るのは天候条件が揃ったときですが、話に聞いたところによると、昔は凍ったフィヨルドの上でカーレースができたそうです。そのぐらい厳しい寒さだったことと、現在までの気候の変化に驚かされます。

 デンマークでは、多くの場所で発電用風車が回っています。現在、風車の製造は主要な産業となっています。地球の変化を肌身で感じているからと思いますが、北欧の人たちにとって、地球温暖化、環境・エネルギー問題は大きな関心事です。最高地点でも海抜173m足らずの平坦な大地を持つデンマークは、海面上昇があれば、多くの箇所が水没することが試算されています。フィヨルド岸にあるRisø研究所は、海面上昇に備えてすでに引越しの準備を始めているそうです。2009年12月には、京都議定書に定めのない2013年以降の地球温暖化対策を決定することを目的に国連気候変動枠組み第15回締約国会議(COP15)がコペンハーゲンで行われる予定です。温暖な気候の日本にいると、気候変動はあまり実感することはありませんでしたが、ここでは現実に直面している問題と感じることができます。

 4月になると、徐々に晴れて暖かな日が増えてきます。日照時間も徐々に伸びてきます。冬の間、木々は枝だけになっていますが、日照時間が増えたとたんに、芝生の間から白い小さな花が顔をだしはじめます。次に、冬の間はどこにあったのか気づきもしないタンポポがいたるところで咲き出します。冬になる前に種のまかれていた畑の菜の花は、ぐんぐん伸び始め、いっせいに黄色い花を咲かせます。木々の枝からは小さな葉っぱが生え始めます。先週になって、林檎、洋梨、桜の花が咲きました。寒く暗い鉛色の世界から、一転、雲ひとつない青い空、若芽の緑、菜の花の黄色、鮮やかなカラー色の世界へ変化しました。

 その劇的に変化する様子は、感動を覚えます。厳しい冬を乗り越える木々の生命力のすごさと23.4度の地球の地軸の傾きを感じます。

 この10ヶ月間の生活で感じたことを並べ立ててしまいました。研究活動以外にも得るものは大きいように思います。あとは、残りを無事に過ごし、成果をあげて戻りたいと思います。この研修の機会を与えてくださった戸田教授をはじめ豊橋技術科学大学の関係ある皆様、および受入れ先のRisø DTUの皆様に感謝いたします。

 
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