一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

Seeing is believing.

平成18年1月1日掲載

土井 稔

名古屋工業大学
大学院工学研究科
教授
Euromat 2005に参加するため訪れた新秋のプラハ、1787年にモーツァルト自身の指揮で歌劇ドン・ジョバンニが初演された劇場の前で。ちなみに、in-situ電顕観察の試料作製に忙しかった頃はモーツァルトのレコードをよく聴いていた。

 
 Seeing is believing. 
 これは中学・高校時代に見聞きしたことのある有名な諺で、日本語では「百聞は一見にしかず」とされています。同じ意味をもつ英文がもう一つあることをご存知の方も少なくないでしょう。“A picture is worth a thousand words.”がそれですが、電顕写真を手にした時など、この方がぴったりかなと思うことがしばしばあります。

 今の私にとって身近な金属は鉄やニッケルなどで、アルミについてはAl/Ge、Al/Siなどの二層膜以外にはあまり扱ったことがないなというのが偽らざるところでしょう。ところがアルミは実は、学部四年の時にはとても身近な金属でありました。当時の井村 徹先生の研究室(名古屋大学)では、テレビ電顕によるその場(in-situ)実験法の開発に忙しい日々が続いていました。そのような状況のところへ卒研生として配属となり、お手伝いをすることになったのです。いただいたテーマは、電子が透るほど薄い膜で、応力-ひずみ関係が測定できるような単純な形をしている、透過型電子顕微鏡(TEM)内その場観察用の引張試料を作製するというものでした。

 悪戦苦闘の日々がかなり続いた後、ようやくAlやFe-Siなどの試料らしき薄膜ができるようになりました。独りでTEM観察した初めての試料がAlでした。先ずAlを見てみることにした理由はよく覚えていませんが、おそらくAlの方がFe-Siよりも薄くでき上がっていると思ったからでしょう。蛍光板に黄緑色の電顕像が現れた時の感想は、確か“色々な模様が見えるな”というようなことで、観察の条件を変えるにつれて模様が変化してゆく様子は見ていて飽きないものでした。もちろん転位のイメージは印象的で、電子ビームを当てると転位が動き出してしまうことや、観察条件が変わるとそれまで見えていた転位が消えてしまうことなどは示唆に富むものでありました。そのような観察結果(?)の話をしていると、先生方からは「Seeing is believing.」のひとことがありました。

 in-situ実験が軌道に乗ってくると、Fe系試料の作製が忙しくなってきました。fcc金属であるAl中の転位速度は速いので、テレビ-ビデオ方式で転位の運動を連続的に観察・記録することは容易ではなかったのです。これに対して、bcc金属であるFeやFe-Siの転位の動きは比較的ゆっくりとしているため、Fe系試料に重点が置かれるようになったのでした。こうして忘れ去られてしまうかにみえたAlについて思いがけない出来事がありました。卒研も終わり引き出しを片付けていた時のことです。奥の方からAlの薄板がでてきました。この板は数ヶ月前に、強加工して硬くなった状態のまましまっておいたものでした。ところが、出てきた時にはぐにゃぐにゃの状態になっていました。この現象はもちろん、非鉄合金などの講義ですでに習っていたはずのものでした。しかし、引き出しに入れておいただけで軟らかくなってしまうとは思っていなかったため、すぐに結びつきませんでした。先生方から今度は「大発見でなくて残念だったねー」のひとことがありましたが、私にとっては“Seeing is believing.”を思い起こす出来事でありました。

 振り返ってみると、アルミは、電顕観察を始めた頃に色々なことを教えてくれました。とくに“Seeing is believing.”が教育の場ではとても重要であることを度々示してくれたのは幸運なことでありました。“親切にあれこれ教えてやったのに・・・”というのが今のアルミの思いでしょう。
 
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