一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

和文誌および
インパクト・ファクター問題の打開策

平成16年9月1日掲載

山本 厚之

兵庫県立大学大学院
助教授

 

 図1を見ていただきたい。フランス・グルノーブルにあるESRF(European Synchrotron Radiation Facility)の実験棟内の通路である。通路の左は測定室、そのさらに左に蓄積リングがある。すぐ隣には最新鋭の装置が並んでいる場所である。ESRFといえばヨーロッパの誇る放射光施設であり、日本のSPring-8よりも加速エネルギーは低い(6 GeV)が、一般使用に供されたのはSPring-8よりも3年ほど早く、測定に関する豊富なノウハウおよび関連装置を持っている施設と聞いていた。それは事実であった。

 しかし、図1中、赤い矢印で示した柱に注目していただきたい。奇妙なまだら模様が見える。拡大すると、図2のようになる。亜鉛めっきを施した鋼材に見られるスパングルによる模様である。ブリキ製のバケツにはこれと同じ模様が見られたが、ブリキのバケツなど、今はあまり使われないし、使われていても表面にペンキが塗られていて、スパングルには気づかない。上記写真は昔のものではなく、今年(2004)8月に撮影したものである。
 亜鉛めっき鋼材が耐食性に優れることは、鉄鋼会社の述べる通りである。雨にさらされることのない室内で使用するのに、「見ばえ」を気にして塗装するのはおろかなことであると、この柱および設計者は主張している。ESRFで自慢すべきは蓄積リングおよび周辺の測定機器であり内装ではない。

 図3を見られたい。ESRF内の駐車場の写真である。この場所を特に選んで撮影したわけではない。これら乗用車はおそらく2000 cc以下の、国産車で言えば、キューブ、ヴィッツ、フィット級のものであろう。ここに限らず、ベンツ、クラウンの類の車はほとんど見られなかった。3リットルの燃料で100 km走行が可能な通常エンジンの市販車が開発されたのはヨーロッパであり、彼らの車および環境に対する認識が高いことを示している。これを「見識」という。

 昼食は常に5分以内にすませてしまうのが著者の例である。ESRFに集まる研究者たちは、40分ほどの時間をかけて食事を摂り、その後、一杯のコーヒーで50分ほど語り合う(図4)。これについては、二つの解釈がある。仲間同士で語り合っている、と理解するか、新しい友達を作るために時間を割いていると理解するかである。いずれにしてもグループの結束は固いほど、またその構成人数は多いほどそのグループの意見は強くなる。
 そのグループに入れなかった場合にどうするか、これは子供の頃の著者にとって重要なテーゼであった。彼らを無視するのが一つ目の対策である。彼らがいかにくだらないことをやっているかを主張するのもこの対策の中に入る。しかしそれではイソップの、あのブドウはすっぱい、と言ったキツネに似てしまう。二つ目の対策は、彼らの基準に自分を合わせてグループに入っているかのように振舞うことである。これは、漢王につくものは左袒せよ、と言われて左の肩を少しだけ見せるのに似る。三つ目が大切である。本当に自分はそのグループに入りたいのか、と考えることである。本質を忘れて、見栄えだけで入ろうとしているのではないか、見識はどこへ行ったか。しかし、これも下手をすると負け犬の遠吠えと言われる。
 図4を、「明快な自己基準」を持っている者同士の小さな集まり、と見る。図1~3がそれを示している。

 Silcockの60年代の論文を何度か引用したことがある。しかし、発表後2年を経た後の引用はその論文の掲載誌のインパクト・ファクターには反映されない。これはその掲載誌の歴史を無視する基準である。
 研究者はなぜ投稿先の学術誌のインパクト・ファクターを気にするのか。昇進あるいは転進の際に、自己の研究業績に、投稿した学術誌の価値を付け加えるためである。しかし、Silcockの論文の価値は、それがJ. Inst. Metalsに掲載されているから高いのではない。その論文自体の価値が高いから30年後、40年後に引用されるのである。ある論文が何回引用されたかも今はSTNなどで調べることができるようになっている。インパクト・ファクターほど一般的ではないが、こちらの方が論文の評価すなわち執筆者の評価としては正しい値を与える。学術誌は多いとはいえ、材料系に限れば高々数千であるからエクセルなどで一覧できる。一方、論文は数が多いから被引用度を一覧するわけにはいかない。仕方なくインパクト・ファクターで代用するのであろう。また、これに基づく評価を行うグループが多数あり、それに属する人の数も多く結束も固いからであろう。

 しかし、執筆者が本当に知りたいのは被引用度の方である。
 「軽金属」は、50年を超える歴史を誇る学術誌であり、引用されることの多い論文を多数持っている。和文誌であるから和文の論文に引用される場合が多いと思われる。和文誌は英文誌に比べると数が少ない。「軽金属」に掲載された過去の全論文それぞれについて、現在に至るまでに和文誌に引用された被引用度数を調べるのはそれほど困難ではない。たとえば第1巻から最新巻の1年前までの各論文について、毎年1度、執筆者に被引用度を通知するとともに、ホーム・ページで各巻ごとのベスト10を公表する。
 そして、「軽金属」に投稿して頂いた論文については、このようなアフタ・ケアーを行います、と宣伝する。投稿希望者は増加すると思われる。

 インパクト・ファクターは他者の基準であり、しかも論文の評価基準ではない。和文誌の自己基準を、掲載論文の和文誌による被引用度とし、集計結果は無料公開とすることに置く。和文誌には和文誌の見識と明快な自己基準が必要である。ペンキを塗るのは本来の日本の習慣ではない。姫路城内の木材の表面は無処理である。

 

 
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