一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

雑感。。。。
グローバル化と独自性

平成15年5月1日掲載

遠藤 孝雄

横浜国立大学工学研究院
機能創生部門
教授

 

 長い歴史の中でオアシスは消えたり現れたりするそうである。いま、命の泉とも頼むオアシスが突然消えた場合を考えてみる。このとき、「何か超自然的な力が介在している」と昔の人が考えたとして何の不思議があろう。また、天体を除けば、頼りになるものがない砂漠の旅において、隊商の頭(かしら)は命を預けるに足る指導者に違いない。私はかねがね、世界の3大宗教の内の二つが砂漠地帯に生まれ、何れも啓示宗教であることを不思議に思っていた。しかし、摩訶不思議なオアシスの消長や困難な砂漠の旅のことを思うと、彼の地には神との交信ができる予言者や卓越した指導者を待ち望む土壌があると思った。

 温帯にすむ人間から見ると砂漠は特殊な気候であるが、温帯にすむ人々の間でも地域によって考え方や身の処し方が異なり、人の気質が気候風土や歴史と深くかかわっていると思われる。過日、ドイツのB教授を訪問したら、廊下でM教授に会い、「前回来たのは何年前か」と尋ねられた。おおよそ10年前だと思うと答えると、私を部屋に招き入れ、訪問者リストと写真を載せた大型アルバムをめくり始めた。そこには、下手くそな私のサインがあり、前回当地を訪れたのは、11年前の某月某日であることがわかった。すべての人が訪問者リストを持っているわけではないが、ドイツでは珍しいことではない。

 B教授との討論が始まり、限られたデータを基にして私の見解を述べると、よく整理された膨大なデータを見せて反論されたので圧倒された。退官が近いB教授が半生を懸けて得た成果だから質量ともにすごいのは当然であるが、よく整理されていて、ドイツ人らしいと思った。ドイツ在住の日本人から聞いたのだが、「人生の半分は整理である」という諺があるそうである。私は整理が下手だから大いに恐縮した。ドイツに限らず寒冷地の人々の粘り強い研究態度には感心する。実際、ベルギーの大学で半生を過ごした日本人の某教授もヨーロッパ人の粘り強い研究態度に感服していたから、私だけの印象ではないと思う。

 翻って、日本はどうであろうか。日本は亜熱帯から寒冷地に広がる細長い国なので、気質として種々雑多な人間が生息しているはずである。研究態度を見ても、かつては、息の長い仕事を黙々と続ける研究者がいたが、近年は急速に減っている気がする。世の中の変化が激しく、せち辛くなってきたのであろう。この傾向が悪いと云っているのではないが、息の長い研究が無くなるのは如何なものかと思っている。

 我が国の特徴の一つに、島国であることがある。地球は小さくなりつつあるが、島は島であり、陸続きになったわけではない。日本は中国や朝鮮半島の文化的影響を強く受けたが、陸続きではないので吸収した文化が独自な発展を遂げているように思われる。斯く云い切って良いのか否か分からないが、「日本の常識は世界の非常識」と聞いたことがある。「日本では共通の認識だが、諸外国では違う」と云う意味と思うが、これは日本の地政学的な特徴と無縁ではない。日本に固有と思われる考え方や思考形態の例を数え上げれば切りが無いが、私にとって印象深いのは美意識や色使いに対する感覚である。西欧の大聖堂や僧伽藍の配置を見ると左右対称で、シンメトリーが完全性の具象と捉えられていることを示唆している。恐らく、左右対称は荘厳で、完全で、美しく、落着いたものと目されているのであろう。これに対し、我が国では左右非対称なものにも味わいや美しさを見いだすようである。絢爛豪華な美しさ愛でる傍ら、侘び・さびの味わいをも愛でる。いまや死後と化したのかも知れないが、もっと知りたい、おくが見たいという「奥ゆかしさ」の感情も愛でる。日本はアジアにあるが、他のアジア諸国では見られない諸々の感性や習慣がある。

 地球が小さくなるのは大量の情報が行き来し、交易や人の往来が盛んになるからである。このような状況では、互いに相違を認めあうことが重要であるが、啓発と切磋琢磨を促すので互いに異なっていることも極めて重要である。異文化が交錯するとき共通の認識が無くては摩擦が生じる。ISOの認証取得活動や工学系学部卒業生の品質保証制度、JABEE(日本技術者認定機構)の認証取得活動などもグローバル化に対応する活動である。実際、2001年にはJABEEが非英語圏の第1号としてワシントンアコード(WA)の暫定加盟を果たした。ワシントンアコードとは技術者教育の質的同等性を国境を越えて相互に承認し合う協定で、1989年に締結されたものである。

 グローバル化やボーダーレス化はあらゆる分野において今後益々進むであろう。このような趨勢であればあるほど、独自性の重要度も増してくる。このホームページにも示してあるように、軽金属学会は軽金属に関する我が国唯一の学術団体である。また、対象にしているアルミニウム・マグネシウム・チタンなどは人間の歴史の中では極めて新しい金属に属しており、これらの金属に関する学術・技術の進歩と工業の発展につくすべき大きな使命を本学会は負っている。学会活動の操舵は理事会の運営によるが、最終的に依るべき所は会員一人ひとりが為す寄与の質に掛かっている。それゆえ、会員の一人として身の引き締まる思いではあるが、究極的には若い人の台頭を待たざるを得ないので、彼らを支援することが古い会員の務めであると自戒している。

 
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